2012/7 出発は足下からなのに、ひとはすぐ頭で歩こうとする 〜平野 修〜

 

2012年7月のことば

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2012年7月のことば

出発は足下からなのに、
ひとはすぐ頭で歩こうとする

 〜平野 修〜 


かつて、作家の高史明氏のもとに中学生が訪れ「死にたい」と言った。普通なら必死にとどめるところだろうが、氏は逆に中学生に「死にたいといっているのはどこか」と問いかけたという。
つまり「死にたい」とは、所詮本人の頭の中に浮かんだ声にすぎないということだろう。彼が自分を見捨てても身体は死にたいとは言っていない。彼の絶望や思いはお構いなしに身体はその瞬間を生きようとしている。そしてさらに、彼の存在を支えている大地は、彼が気づくと気づかないとに依らず、彼を生かしめている。この「超我」ともいえる力に現代人はあまりにも無自覚ではないか。いや、幾度となく自覚したはずが、どうやら今また忘れかけているようだ。自然がひとたび牙を剥けば、我々の存在はひとたまりもないというのに。
大地なくして生きられないにもかかわらず、大地を裏切り、大地に甘え、大地に隠し、それを是とする人間。存在の足下をいとも簡単に切り捨てるこのあさましい根性は、どこまでも暗く、根深い。

高氏は中学生に「大地の声が聞こえるまで歩きなさい」といったそうだ。頭で理解するのではない。普段見向きもしなかったわが足の裏で「私は頭の中だけで生きているのではない」事実を感じる。まさに本願によびさまされる世界を感じることが大切なのだ。

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