2012/10 聞法は死の準備ではなく 生の糧である

 

2012年10月のことば

2012年10月のことば

2012年10月のことば

聞法は 死の準備ではなく

   生の糧である


お寺まいりは「まだはやい」という人がいる。「もうすこし年取ってから」。それも結構だが、蓮如上人は『わかきとき、仏法はたしなめ』と仰る。なぜか。『としよれば、行歩もかなわず、ねむたくもあるなり』と。この真意は年齢によらず、そのうち聞こうなどと思っていると、本当に聞きたいときに聞けなくなっているかもしれないよ、ということだろう。
さて、今年も秋が来た。夕暮れを見ていると無性に「今」という時間がいとおしく感じられる。それは、同じ夕暮れが二度と来ないからか、それとも明日また夕暮れを見られる保証がどこにもないことを感じるからか。
先があると思って生きているうちは、聞法などする気にもならない。気持ちはわかる。だがそれは「今」を粗末にしていることではないか。今を粗末にする者は過去と未来を粗末にする者であり、そして人生を粗末にしてゆく。一度きり、  そして誰もが賜りながら、だれ一人その始まりと終わりを知らない人生。それでいいのか。
上人はこうも仰る『仏法をあるじとし、世間を客人とせよ』。とかく世間をあるじとし、仏法を客人扱いしている私たちには耳の痛い言葉だ。世間に目を奪われ眼前の「今」が過ぎゆくのををただ受け流すのか、それとも仏法にわが身を映して今を確かめる歩みをはじめるか。
それは聞法によってのみ明らかになる。

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