2013/6 耳にもちゃんと好き嫌いがあって いつもほめことばばかりを聞きたがる「変なわたし」〜平野修〜
6月の言葉

2013年6 月の言葉

2013年6月のことば

耳にもちゃんと好き嫌いがあって
いつもほめことばばかりを聞きたがる
「変なわたし」〜平野修〜


・・古来「聴聞」というように、仏法をきくには2つのきき方があるという。『聴』は旧字を「聽」と書き、偏は耳の字を王の字の上に載せている。これは「聖」の字と同じく、大切に、ということ。更に旁は直心を現す。一言も聞き漏らすまいと懸命に聴く姿である。一方、『聞』は「耳受聲也(大字典)」とあり、これは耳が受けるまま、肩の力を抜いて聞く姿である。
・・普通、模範的な聞き方はどちらかと問えば、ほとんどの人が「聴」を挙げるだろう。懸命に己が力を尽くし、聴き、学ぼうとする姿勢は確かに素晴らしい。かたや肩の力を抜いて聞くなどとは、あまり推奨されないようである。
・・実は両方が大切なのだ。「聴」く姿は一見よく見えるが、煩悩具足の人間はそのうち飽きる。または聴く意味を求めたり、聴いても身につかぬ自分に嫌気がさす。肩肘をはらずに「聞」けば、そういうことは起こりにくい。だがご用心。脱力しすぎて意識を失い、結局何も聞いていないということもある。力を入れすぎず、抜きすぎず。いずれもが等しく正しい。
・・さてその上で、今は力を入れずに「聞く」ことを奨めたい。なぜなら意識すればするほど、人間は耳あたりのよい、わかりやすい言葉だけを「選んで」聴くからだ。「自分がすぐにうなずけるものだけが、教えであるわけではありません。」と教えてくださった先生がいる。うなずけるものばかりを選んでききたがる自力まみれの私が居る。そこがきこえるか。/end

 

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2017年6月のことば

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