2014/4 生かさるる よろこびにおう 春の梅 〜中村久子〜
2014年4月の言葉

2014年4月の言葉

「生きている」という実感とは心身ともに健康である時に起こる。病に苦しみ、人間関係に疲れ、また悩み事に苛まれているときは、生きている自覚こそあれ、実感はできない。

しかしどんな時でもこの身は私の意識を超えて「生きている」。たとえば寝ているときも、さまざまな事に苦しんでいるときも、脈は休まず打たれ、呼吸はたゆみなく出入している。そのことに気がついたとき、私は私の意思で生きているのではなく、様々な条件が揃うことで、いのちを賜る瞬間を連続していること、そしてその条件がたまたま途絶えずにいることにうなずくことができる。それを先達は「生かされている」と表現された。

幼くして両手両足を失った中村久子氏は、その半生においては耐えがたいような苦労の人生を背負いながら、このような句を遺された。それはたとえどのような境遇にあっても、いのちの願いを常に肌に感じておられたからであろう。
すべて客観的、理論的に展開する現代であるが、その先には断絶の世界しか展開しない。理屈や理論で人間は生きているわけではない。いのちの、そして大地の願いの声に耳を澄ませることが今こそ一人の身の上に望まれている。それを伝えるのが仏教である。過去数千年、そしてこれからも、人間の限界の先に阿弥陀仏の世界は開かれる。
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2017年7月のことば

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