2014/5 お念仏が こぼれてやまぬ 〜島本邦子〜
2014年4月の言葉

2014年4月の言葉

「いただきます」島本邦子

カニを食べた
カニの一生を食べてしもうた
カニにもろうた私の今日の いのち
芋を食べた
芋の一生を食べてしもうた
芋にもろうた今日の いのち
そう思ったら
お念仏が こぼれてやまぬ
 

私たちは、私のいのちしか見えていない。少し頑張っても、せいぜい、自分の家族や友人のいのちまで、ではないか。
 

私たちは、私の立ち位置しか実感していない。その大地は遠く離れた誰かと繋がっているというのに。そうやって狭い生きかたをして、たとえばこれまでの一生を支えてくれてきた、足の裏のありがたさなんて、すっかり忘れて生きている。

「目足(もくそく)」という言葉がある。故平野修師は「真宗といわれる宗教は、目と足に関係する宗教」という。私たちの目とは、なんと近くしか見えていないのだろう。私たちの足の裏の感覚はなんと鈍感なのだろう。それは目や足が悪いのではない。「私」が鈍感であったのだ。ああそうだ、お粗末であったと気づいたとき、日頃の詫びの言葉では到底尽くせない。まさに「お念仏がこぼれてやまぬ」のだ。
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