2014/10 浄土は西岸にあれども 浄土の門は東岸にある 〜曽我量深〜

2014年10月のことば仏教の一般的なイメージは「断惑証理」。つまりあらゆる煩悩を断ち、努力を重ねさとりを得る。そのイメージが強すぎるためか、聴聞を重ねた人であっても口を揃えて「まだまだ」という。「右から聞いても左から抜けます、アカンことです」と。つまり努力が足りないと自分で言うのだ。
ではどこまで仏法修行すればいいというのか。実は仏教各派、明確に答えられる人はいない。こうして私たちは仏教に対し努力を永遠に積み重ねる印象を持ち、何が救いなのかすら見失ってきたのかもしれない。
浄土真宗の答えははっきりしている。「念仏もうさんとおもいたつこころのおこるとき(歎異抄)」、その“とき”である。「たかが念仏じゃないか」といわれそうだが、ここに親鸞聖人の思想がある。
役に立つのか立たぬのか、意味があるのかないのかと、あれこれ思案をめぐらせど、結局一歩も踏み出せていないのが人間ではないか。まず一歩踏み出せるのかどうか。浄土真宗はその一点を問う。あとはおまかせ。阿弥陀仏が救ってくださる。なぜなら御和讃に「今に十劫を経たまえり」とあるように、“たかが念仏”ひとつ満足に声にもだせない頑固な私たちを、法蔵菩薩が待ち続けてくださっているのだから。
たとえ遠く西の岸にあろうとも、浄土の入り口は東の岸、つまり私たちの人生に開かれている。「念仏を申せるか」という形をもって。 
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2017年5月のことば

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〜清沢満之〜

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