2015/7 与えたら 黙り 受けたら 語れ

2015年7月のことば自らを省みるべき言葉である。私はどうだろう。他者に何かを与えたら、そのことを沈黙できるだろうか。また、他者から何かを受けたとき、それを素直に喜びとして広く語れるだろうか。

むしろ与えたら与えたことにこだわり、それを誇り、誰かに声高に伝えたがって、与えた現実にとらわれて生きてはいないだろうか。逆もそうである。誰かから何かを戴いたときこそ喜ぶけれど、日が経つにつれ、それを忘れ、時には当たり前とし、それだけでは飽き足らず、「我こそ受けるにふさわしい」とすら考え、沈黙して生きてはいないだろうか。

それが「我執」である。我執は恐ろしい。自分が知らないうちにそれを羽織り着飾り、自分にとって全くふさわしくない高みに自分を運んでしまう。そして、そのことで結果的にひとり苦しむこととなる。誰が苦しめているわけでもなく、自分が執着していることで勝手に苦しんでいるのである。

私が本当に為すべきことは、他者に与えるご縁をもってそのことに執われることのなきよう沈黙し、また自分自身を見るときは、他者から日々与えられているという事実を素直に見つめ、感謝の言葉にして生きることだ。そしてその事実に自然と手が合わせられているかを問うことだ。できていると思い込んで実はできていないのだから。

ならばせめて、形から入ろう。手を合わせ、娑婆の何ものにも毒されない言葉「南無阿弥陀仏」を口に称えて。
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2017年7月のことば

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