2016/12 宗教問題を感じないということは 自己に対する無責任の告白である
2016年12月の言葉

宗教問題を感じない
ということは
自己に対する無責任の
告白である

あっというまに十二月だ。しかも年々早く感じられる。おそらく誰もがいま、忙しい毎日を送っていることだろう。しかし、この忙しさの足下にあるものは、またその先にあるものはなんだろう。少し落ち着いて考えてみる必要があるのではないか。

忙しさの足下の根本は「稼がなければ・食わなければ」という問題である。もしその根本問題を無視したらどうなるか「食えなくて、死ぬかもしれない」…。なるほど。しかしその忙しさの先はどうだろう。「食っていてもいずれは死ぬ」のではないか。

年末に死ぬなどと「縁起でもない」という声が聞こえそうだが、本来「縁によって起こる」から「縁起」というのであって、先々のことをあれやこれやと思いはかる言葉ではない。「死の縁無量なり」と言われるように、どこでどんな縁に出遇うか予想がつかないというのが人生の真実である。

だからこそ、忙しい今、わが生きざまにきちんと光をあて、せっかくの人生が空しく過ぎないよう聞き啓くことこそが最重要課題ではないか。宗教とは「むねのおしえ」と読む。真実の教えはごまかしたり先延ばしを決して許してはくれない。

「無宗教」などとうそぶく人間は「人生を捨て、無責任に生きている」に等しい。仏法のことはいそげ、いそげ。

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