2017/7 合掌して ごはんをいただけない人は 不幸な人だ
2017年7月の言葉
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合掌してごはんを
いただけない人は
不幸な人だ

異動で勤務内容が変わり、朝の連続テレビ小説を見られる機会が増えた。まあ、小さな幸せである。そこでふと目にした食事のシーン、きちんと合掌し、いただきますと言っている。当たり前の光景なのだが、ひと安心した。

というのも、うそかまことか、合掌して「いただきます」と言うことに抵抗を感じる人がいると聞いたからだ。「自分が金を払って食べるのに、誰に礼をいう必要があるのか」「合掌を強要するのは信教の自由に反する」が言いぶんらしい。ははぁ、経済原理にどっぷりつかると、ここまで人間の視野は狭く、鈍感になれるものなのか。

米作りには八十八の手順があると言われる。米だけではない、あらゆる事物は数え切れない条件によって成立している。そのことを仏教では「縁」と呼ぶ。縁は無量。計測できないものである。そんなはかりしれないものに支えられて、私の一挙手一投足はいままさに存在を“赦されている”。

とても数え切れないから手を合わす。宗教以前の「感性」だ。 もしそこに抵抗があるというなら、自分が生まれてきたことを否定しているにひとしい。たしかに「不幸な人」である。

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2017年7月のことば

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合掌して
ごはんをいただけない人は
不幸な人だ

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