2010/10 「内 信あれば 外 安らかなり」

2010年10月の言葉

2010年10月のことば

「内 信あれば 外 安らかなり」

現代人はいつもイライラしている。この苛立ちは何か。それは漠然とした不安・焦りであろう。ではその不安とは何か。それは「自らの中心・信じるもの・拠るべきところ」が曖昧だということだ。
近代科学の恩恵により、科学こそ万能と信じた現代人は「私の中心」に科学を据えた。科学は事物を客観的に分析する。いかにも私たちは他者を事物の如く分析することが得意である。他者に限らず会話や文章にしても科学的分析・客観的根拠は合言葉のようである。
だがどれほど他者は分析できても、誰もが自らを分析されることは好まない。その理由は皆すでに感じ取っている。そもそも人間存在は科学などという枠組みに収まりきらないということだ。所詮科学は「私の中心」としてはあまりに「役不足」なのである。
拠るべきものに拠っておらぬ私たちの内なる真実(=いのち)はそんな私たちの姿に不安の悲鳴をあげている。私たちの苛立ちの根源はここにある。
赤ん坊はわずかな空腹感・眠気だけでも泣き声をあげる。大人にとっては微々たる問題も、本人にとってはそのいずれもが不安だから泣いて母親を求めるのだ。現代人の不安・焦燥感も子が母を求める姿に似てはいないか。真に頼るべき「内なる信」を見失っている現代人に向け、本願=母なる仏が、いのちが呼びかけてくださっている。あなたの「信」は大丈夫ですか、と。

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