2010/07 「ただ信心を要とすと知るべし」

2010年7月のことば

2010年7月のことば

ただ信心を要とすと知るべし

~歎異抄~

昔、レポートで「私の願い」というお題を貰ってひどく悩んだことがある。
なぜなら考えれば考えるほど、人さまに御披露するような願いなど持ち合わせていない自分に気づかされたからである。せいぜい、欲しいものが手に入り、身辺がすこし便利になれば…と考えたり、自分や家族が健康で長生きすればと思ったり…。
気がつけば、どの願いも叶えられればすぐに色あせる。または叶えられても仏法の道理(生老病死)の上ではいつかは手放さなければならないものばかりである。
私の願いとは私の人生の要(かなめ)である。要とは譬えていうなれば扇子の留め具である。扇子の骨はそこで束ねられ、扇子の形を成す。要が失われれば、扇子は当然その姿を失う。私が要を見失う時、私は私という人間の姿を見失うことになる。
宗祖は「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろずのこと、みなもってそらごとたわごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします」と教えられる。「そらごとたわごと」に日々しがみつく私たちは、果たして何を要に生きているのであろう。今こそ「念仏の信心を要(よう)とする」とはどういう生き方なのかを我が身に問うべき時代である。

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