2011/02 聞くとは 我をたてぬことである。 ~金子大栄~

2011年2月のことば

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聞くとは 我をたてぬことである。 ~金子大栄~

・・「きく」という言葉には二義あるという。ひとつは「聴く」。もうひとつは「聞く」である。「聴く」は理解するべく一生懸命キクということを指し、「聞く」は耳に入るままキクことを指す。現代の感覚では一生懸命「聴く」は正しく、耳に入るまま「聞く」はいい加減な態度として受け取られがちだ。

・・だが忘れてはいけない。仏法は「聴聞」するという。どちらも大切なのである。同じように見えても、前者は内容を理解することに執着してしまいがちである。「歩みが止まる」のだ。後者は確かにすぐ忘れるかもしれぬが、ゆえに何度も聞く。それは「歩み」である。頭の理解も大切だが、「仏法は毛穴で聞け」とは先達の言葉である。

・・現代人は見るもの聞くもの全てを分析し、頭で理解せずにおれないが、それはひたすら「我」に執着する姿である。知識はわが身以外を問題とし、とうとうわが身を問わない。それは「無明」である。蓮如上人はそういう姿を「われこころえがお(我心得顔)」と呼ばれ、「ひとまねばかりの体たらくなりとみえたり」と指摘される。

・・私たちは理解した「つもり」を生きているだけなのかもしれない。そんな浅薄な知恵ではなく、虚心に仏の智慧をいただくことが、今こそわれわれに必要なのではないだろうか。

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2017年7月のことば

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