2011/10 仏法は鉄砲の反対である 高光大船

2011年10月のことば

2011年10月のことば

2011年10月のことば

仏法は 鉄砲の反対である 高光大船

「言葉に遇う」ということがある。言葉につかまれ、言葉に感動する。ときにそれまでの人生の方向がかわってしまうほど、言葉が我が身に響くこともある。まさに言葉にあうことで千歳の闇室に光明が射し、無明の闇が晴らされる。
だが、言葉は所詮人間の道具。言葉には限界がある。言葉で他人の内面や感覚を表現し尽くせるものではない。近代教育によって何でも理知的に分析したがる私たちは、言葉を効率よく聴きためることに懸命になるあまり、言葉を武器にしてしまうことがある。私を感動させてくれたはずの言葉で武装し、相手に刃物のようにつきつけ、説き伏せることがよいことと勘違いする。せっかく私の闇を晴らしてくれた言葉に対し、これはひどい仕打ちではないだろうか。
仏法も言葉で説かれる。仏法はどこまでも智慧の光として人の心を打つが、鉄砲は人間の知恵が、ともすると使い方を誤るという点で闇である。何気ないひと言で相手を撃ってはいないか。撃った本人こそが一番その言葉から遠ざかっているというのに。

↑過去倉庫2011へ戻る

2017年6月のことば

2017年6月のことば

にぎって、
はなして、
向こうから〜訓覇信雄〜

ランダムピックアップ

  1. 2011年7月の言葉

    2011.7.4

    過ちて改めざるこれを過ちという(論語)

    夏もいよいよ本番、意外に涼しかった梅雨とうってかわって、暑い日が続きますね。
  2. Steve Jobs 1955-2011

    2011.10.7

    追弔

    [caption id="attachment_2316" align="alignright" w...
  3. 平松市長とブットンくん

    2010.10.9

    ブットンくん奮闘中

    (過去サイトからの転載です。
  4. 私の机の本コーナー

    2011.1.19

    積読

    「積読(つんどく・積ん読)」って、一応洒落ながらも、辞書に載ってるちゃんとした言...
  5. ちいさいいのち

    2012.7.1

    出発は足下からなのに、ひとはすぐ頭で歩こうとする 平野修

    [caption id="attachment_2604" align="alignright" w...