2011/12 仏説は仏弟子によって証しされる 安田理深

2011年12月の言葉

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2011年12月のことば

仏説は 仏弟子によって 証しされる 安田理深

この言葉に出遇ったとき、とても嬉しくなった。
なぜならこの言葉は私たちの仏法に対する姿勢をどこまでも認め、赦してくれる言葉だと思うからである。
私たち人間の知恵・教養はどこまでも「だれかがそういった・いわないの伝聞と継承」に終始してゆくように思う。それは決して師を超えることがない歩みでもある。
ところが、仏法はそうではないというのだ。仏法を聴聞し受け取った者が自らの人生を通して仏法を味わう。その歩みは時として師の意図するところ以上に広がりをみせるといえる。
故安田理深師は、「教える人よりも教えられる人が大切である。教えの大きいことや深いことは、教えられた人の自覚によって明らかにされるものである。それが仏道というものである。そうでないといたずらに子分となって、結局じり貧に陥ってしまう」とおさえられる。まさしく、仏説は仏弟子が証ししてゆくといえよう。
じり貧にならない歩みが仏教にはあるのだ。私はどうであろうか。

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