2012年1月のことば
やり直しのきかぬ人生であるが 見直すことができる 金子大栄
・・二〇一二年の幕開けである。
・・新年にあたり、この一年についてあれこれ思いを巡らすのが年初の常だが、今年は何よりも昨年の震災・原発事故が脳裏に浮かぶ。震災から十ヶ月が経とうとしているが、復興はようやくその途についたばかり、原発事故問題は政府発表とはうらはらに現地の苦しみの声ばかりが聞こえくる。つまり1年近く経ってもまだ何も解決していないのが現実である。そこに加えて近隣諸国は政治問題でかまびすしい。ところが肝心の情報が皆無に等しいという我が国、我が政府。
・・行政府の危機管理能力の凋落、ここに極まれりといったところであるが、さてこれは人ごとなのだろうか。市民の立場からすれば「お上」がしっかりして欲しいということは当然の願いかもしれないが、そのお上こそ我々市民の代表ではなかったか。それがこの体たらくである。私たち一人ひとりがもっと強く自覚して「想定外」という言い訳を出さなくてすむようにどうすればよいかを真剣に問わねばならない。そういう時代なのかもしれない。
・・人間はあやまちを犯す生き物である。そして一度犯したあやまちはやり直しがきかない。しかし、大丈夫。見直すことはできる。たちあがれ日本ではなく、たちなおれ日本と。




