2011年9月のことば
人の世の 小さき はからい 秋の風
・・はからいとは、「計らい」と書く。はっきり言えば計算である。『人のはからい』と言えば、それはつまり、人間にとって都合の良くなる行動のための計算、ということか。
・・ただ「人間」と書くとどうも主語がぼやけているようだ。人間とはほかならぬ私自身ではないか。ひとごとではない。すべて『私のはからい』である。見渡せば、人間一人ひとりが「私」をもち、私の都合のために計算している。それを皆がやれば「人の世」という表現になる。
・・さて、自然とは「自ずから然らしむ」という。自然の脅威というが、自然はただそこにあり、縁が来れば起こり、縁が来なければ起こらない。善も悪もなく、ただ縁によって起こる。
・・そこに善悪すなわち都合の善し悪しをつけているのは誰なのか。ちいさな人間のちいさなはからいが、大きな自然の法則の前に問われている。
・・そろそろ秋の訪れである。夏も秋も、人間の計らいでは用意できない。合掌。




