薬師堂・東光庵

■「東光庵(とうこうあん)薬師堂」について

東光庵(とうこうあん)とは、真廣寺飛び地境内であります「上多良薬師堂」のことです(写真:クリックで拡大します)。

東光庵(薬師堂)

奈良興福寺の末寺を記した『興福寺官務牒疏(1441年)』に、「在多良浜本願寺」と記述があるそうです。
(多良浜という地名は、昔このあたりが多良族という豪族の支配する地域であったことと、入江内湖という湖があったことからも符合します。)
そのことから、ここ滋賀県米原市上多良(旧:滋賀県坂田郡米原町上多良)付近には、古く筑摩七大寺のひとつ、本願寺と呼ばれる寺院があったとうかがい知ることができます。その本願寺と別名「東光庵」とよばれる薬師堂との関係は明らかではありませんが、興福寺の系譜をひく古刹の名残とも考えられています。
堂内には伝教大師(最澄)が作られたとされる身の丈4尺の木造薬師如来坐像が安置されています。

■国指定重要文化財「木造薬師如来坐像」について

当寺所蔵の薬師如来坐像は伝教大師の作と伝えられています(写真:クリックで拡大表示します)。

薬師如来坐像

均整のとれた温和は漆箔(金箔)像で、ふっくらとした優しい伏し目の表情、まろやかな肩の流れなどから、定朝様の藤原仏を感じさせますが、そのどっしりとした体躯からは平安時代末期(12世紀後半)の作品であることがうかがえます。
構造は一木割矧造りと考えられています。左手に薬壺をのせ、右手は施無畏の印を結び、結跏趺坐をしておられる姿は、全体におだやかな感にあふれています。

慶長5(1600)年の関ヶ原の合戦の際に、徳川家康に兵糧を送り戦勝祈願をしたことに対して諸国勧進を免除した文書があります。

明治24年8月1日、全国宝物取調委員から美術上の参考になるべきものとして鑑査状を受け、明治34年3月27日、国宝に指定されました。その後昭和25年に改めて国の重要文化財に指定されました。

■薬師如来伝説

むかしむかし、真廣寺の薬師如来坐像は霊仙(りょうぜん=米原市にある山)の山中にあった霊仙寺の仏様でしたが、その仏様が、毎夜、光を放って琵琶湖の水面を照らしておられたそうです。

薬師如来・顔部分

漁民は、これでは魚がとれないと、ある日この仏様を山から落としてしまいました。仏様は天の川(あまのがわ=上多良北部を流れる川の名称)を流され、上多良の地、堂田の渕に打ち上げられていたのを村人がこれを拾い上げ、かねてから村にあった古い草庵を補修してそこに安置し奉ったといわれています。

■■■文化財保護の観点により通常は一般公開しておりませんが、参詣のご希望があればお受けいたしたく思います。
お手数ですが当寺との日程調整をさせていただきたく、
お電話(0749-52-4145)もしくは下記メールフォームにてお申し込みください。

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