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12月掲示板、更新しました

2010年12月のことば

さて、昨日から真廣寺報恩講が始まっておりますが、
報恩講にあわせまして、12月の掲示板を更新しました(翫湖堂はもうちょっと待ってください(汗))。
ことばの味わいはこちら

さて、当然ですがお金は大切ですよね。お金がなかったら何もできません。
「先立つもの」なんて言い方もいたします。

では何でお金が大切なのでしょう。
「生きるため」ですか?「豊かになるため」ですか?
しかし豊かになり、生きてゆくことができるようになったはずなのに、
自殺者が3万人を超え、訴訟が後を絶たない今の世相はなんなのでしょう。

「堺の日向屋は、三十万貫持ちたれども、死にたるが仏にはなり候うまじ。
大和の了妙は、帷一つをもきかね候えども、此の度、仏になるべきよ(蓮如上人御一代記聞書)」
蓮如上人のお言葉です。

三十万貫ってだいたい今の貨幣価値で10億~30億円だそうです。
すごいですね。
この日向屋さんは両替商だったそうですが、こんなエピソードを発見しました。
リンク先が消えてしまうといけないので、簡単に説明いたしますと、

『自分の蓄えたお金が気になってしょうがない日向屋さんは、お金の入った蔵に盗みが入らないか気になってしょうがない。そこで丁稚~番頭まで振り回して夜番をさせるのですが、信用できない。最後には自分が蔵の中で番をすると、蔵の中で寝ることにしたのですが、寝ている間に心筋梗塞か脳梗塞を起こして死んでしまった。蔵の中のことでもあり、家族も気づかなかった。』

こんな話です。たくさんのお金を手に入れててどうなったのかというと、ただ孤独死を迎えた、それだけだったのです。
また普段からこの人は奥座敷にある仏壇に手を合わせたことがなかったともいいます。
それで罰があたった…という考え方ではありませんよ。
「手が合わさらない」人と言うのは人に頭が下げられない人だと思うのです

人間としての相手は目の前にいますから形だけでも頭がさがるでしょう。ま、どちらかといえば「頭さげる」でしょうけどw。
仏壇は仏のまします場所というよりはむしろ、「私に関わる諸縁を感じる場所」でもあるわけです。

そこに手があわさらないということは「すべて自分中心で解決できる」という自惚れに溺れている姿なのですね。

さて、皆さんも私もわずかながら蓄えをしていることと思いますが、この年末に、
「金ためて、さてわしは何をするぞ?」と問うてみるのも大事なことじゃありませんかね?


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