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毛筆

紫寳山扁額
紫寳山扁額

故末吉翠巌先生筆・紫寳山扁額:文中にありますように、「山」の字の染みは私の汗です。

最近、筆を買いました。

お寺の掲示板の更新のためです。

現在毎月更新してますが、実は住職に大見得切って始めました。
…なんとか続けてます…。早くも4年の月日が過ぎました。

いっこうに上達はしませんが、筆ばかりヘタリます。


私が毛筆書道を本格的に習おうと思ったのは、もう30を過ぎたころでした。
それまでは不思議な(笑)字を書いてまして、今も褒められたモンじゃないですが。難波別院に就職当時、「お前に本堂日誌は任せられん」と言われるほどでした。

そんなある日、たまたま通りかかった駅前の書道教室に、
フラリと立ち寄ったのがきっかけです。
このサイトからもリンクしていますが、
それが故・末吉翠巌先生との出遇いでした。

翠巌先生が他の先生と違うなと思えたのは、「絵が好きだった」こと。
いろんな絵を描かれるのです。
それは「正統派書道」というジャンルからは異端的行為に等しかったと思います。
でも気にせず書いておられました。
木川かえる師匠に「木川かじか」という名前ももらっておられました。大変ユニークな方でした。

じゃあ先生はいい加減な書家だったかというと、とんでもない。
ご自身は「天石東村」という書家の直弟子でした。偉大な書家です。
だから先生もすばらしい書家でもいらっしゃいました。
よく字を書くときの「基本法則」というものを、言葉として、姿勢として、しっかり教えてくださいました。
私にとってのまさに「よきひと」でした。

先生は油絵から色紙までいろんな道具でいろんな絵を描かれました。
ちょっとHな絵や、まじめな絵、これ何ですか?てな絵…。
「トンパ文字ってのがあるんですよ」とお教えたら、
それにハマってしまうような無邪気な先生でした。

良寛さんの生き方が好きで、空海さんの字が好きな先生でした。
「絵と字は一つやで。」「字は建築とおなじ」「”空間”を書け」
そんなひとつひとつの言葉が心に残っています。

一度だけお願いして、ウチに泊り込みしてもらい、
寺の額を書いてもらったことがありました。

先生は雑談と唸り声ばかりでなかなか書かれません。
墨をすっていた私は途中で気がつきました。
「先生、コッチ(お酒)ですね?」

にやっとされた先生は、それからはビールを空けつつガンガン書かれました。
…気の利かん弟子ですんません。
途中私の汗が半紙にしたたりおちたのですが、
先生はそれも「かまへん」と書かれました。

結局その汗はシミになったのです。
そして何十枚書いた中で、それが一番優れていました。
「先生、汗のシミがついてますわ」と私がいうと、
にこっとして「それが味わいや」とおっしゃいました。

その後、先生の「味わい」には程遠いですが、
住職に大見得切った以上、せめて月に1度なりと、筆を手にします。
そんな筆がすり減りました。ひとつの区切りです。

先生は2010年4月にお亡くなりになりました。
晩年、そんなに悪くされているということも知らず、
年賀状ばかりのやりとりになっていました。

悪い弟子でごめんなさい。
先生に習ったのはたった2年間でしたが、
まさに値遇の師でした。

こういうことは後になって気づくんや。つらいなぁ。


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