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聞くとは 我をたてぬことである

 

2011年2月のことば

2011年2月のことば

今月の言葉、やっと更新できました。

思えば2月は短い月。なのに今頃更新です。申し訳ありません。
継続するということが難しいばかりか、締め切りを守ることが難しい私…。

さて、最近法話にいくとよく見かける光景です。

私が「最近ね、モンスター・ペアレントという若い両親が社会問題になってるんですよ」といいます(案外まだこの言葉、田舎では定着してないんですよね)。
すると、「最近の若い人はねぇ」と眉をひそめるみなさん。

だから今度は逆に、
「モンスター・ペイシェントという比較的年配の患者さんの病院での暴挙が社会問題化しているんですよねー(もっと定着してない言葉ですね)」といいます。すると今度は「そうそう、最近はお年寄りもよくキれるんや」と眉をひそめるこれまたみなさん。

そこでいつも「みなさんは若人・老人どっちですか?」とお尋ねします。意地悪ですかね(笑)?

故河合隼雄さん(1928~2007心理学者・心理療法家・元文化庁長官)がこんなこと書いてました。
『たとえば老人に対して、老人を一般人から切り離された「対象」として、それをどのような方法によって操作するのが一番便利か、という考えに立って老人対策を考えてはいないだろうか。(…略…)日本の教育を考えるときも同様である。教える者と教えられる者が明確に分離され、どのような効率的な教え方をする かを教師は考え、子どもは如何に能率よく知識を吸収するかを学ぶ。ここにも上手な「操作」が望ましいという近代思想が入っている。その結果、教師と生徒、親と子どもの関係が切れてしまい…(太字は投稿者によります)

…いまさらですが西洋近代思想は対象を切り離して分析・操作することから始まります(否定するわけではありませんよ)。鈴木大拙師も、リン・ホワイトもいいます。まあそれが当たり前になってるんですね。感覚的に。

でも「あたりまえ」になると、「問いは生まれません」。仏教でいうところの「無明」の始まりです。

昨今、「無縁社会」という言葉が幅をきかせていますが、私はあの言葉、あまり好きではありません。そういう「操作」を感じるからです。現象のカテゴリ化とでもいいましょうか。そこに本質を見誤る傾向があるように思うのです。

もちろん確かに番組が指摘するように、「無縁社会」は存在すると思います。
しかしその無縁社会を創ってきたのは、無縁社会の中の人でもあり、無縁社会を眺めている私たちでもあると思うのです。番組もそういうことを意図していることは明確です。しかし言葉にすると言葉は存在し、独立し、勝手に一人歩きを始めるのです。そして番組の意図するところとは独立して「無縁社会」という言葉が幅をきかせている…。

無縁社会はひとりひとりが自ら創りあげてきたものです。真実に目と耳を閉ざしたひとりひとりが。

昔、私が両親と同居していることについて「考えられん」と意見する方がいました。その人に言わせれば同居は敗北なんだそうです。一定の年齢に達すれば親元を離れて独立すべきだと。

そりゃ親が若けりゃそれもOKでしょう。でも親とてやがて老いるのです。
それまでは親と同居すれば私自身の「独立的プライド」はその方のご批判どおり、存在しないに等しいでしょう。
でもそこで人はつながってゆくのでは?親→子というベクトルを超えて、子→親が成立してゆくのもこのつながりでしょう。
そこには理屈を超えた世界・存在の事実があります。ちなみにそれを仏教では「縁」というのです

それに対して、「都合のいい縁」と「都合の悪い縁」を切り分けて生きてきた現代人の姿は見えませんか

「縁」に良縁も悪縁もありません。縁によって起こるものだから「縁起」なのです。
ところが私たちはそこに「いい・わるい」=「我」を立てます。
つまり現象を本質から捉える前に「私から切り離された現象」としてカテゴリ化し、分類し、分析し…とうとう何にも気付かないうちに人生を終えます。
我を立てるから聞こえないんです。見えてないんですよ。「無縁」なんていいながらそれまでどれだけの「都合の悪い」縁を切ってきたのか気付かない…。

仏教はそういうことを指摘し続けているんですけどね。

まあ、良縁・悪縁を売り物にした「似て非なる仏教」も存在しますからね…まぎらわしいですね。


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