ブログ記事

未曾有の災害

赤ちゃんと自衛官
赤ちゃんと自衛官

凄惨な報道の合間で気持ちが和らいだ写真です(転載ですスミマセン)。

もう3週間も前のことになるんですね。
教区の坊守会研修会のあと、自宅に戻って一息ついていたら、ゆらゆらと揺れる家。

最初地震と気づかないほどのゆったりした揺れで、後日聞いたら関西では多くの人が「めまいがした」と感じるほどの振幅の遅い地震波でした。

しかし、その後知らされる被害は、そのゆるさからは想像もつかない凄惨なものでした。
「東北地方太平洋沖地震」。かつてない大災害が日本を襲いました。
もっと早くこのブログも更新したいと考えていたのですが、その後の職場での対応等に追われ、遅くなりました。

犠牲になられた方とご遺族に心からお見舞い申し上げますとともに、いまだ連絡がつかないとされる方々が一刻も早く再会されますことを心から念じあげます。

かつて私も大阪で阪神淡路大震災に遭遇しました。朝早い職場だったので、直接あの揺れを体験いたしました。だから今回もその経験から余震への注意等をTwitterで呼びかけさせていただいたりしました。…しかし、津波は想像できませんでした。人間とはあさましいもので、自分の経験の範囲でしか生きられないのです。そう考えるとすべてが「想定外」でした。

いや、人間の「想定」こそ常に過小評価なのかもしれませんね。
人間の「想定」は所詮人間の「知恵」です。
普段わたしたちはいろんなところで人間のこの知恵を超えた存在を忘れています。
仏様の「智慧」もそうですが、こういった自然の脅威もそうです。
今回の地震だってどこかに「他人事」としてしまう「想定」が潜んでいませんか?
私だけは大丈夫と思ってはいませんでしょうか?
そういう自分が一番危ういのだと振り返りたいと思います。

職場では毎日募金活動をしていました。少なくとも参詣の人の多いお彼岸・石山講の期間だけでも…と。
大声で募金をするということに、実は募金をしている人間が自分の非力さを癒されているのだと感じました。
また、募金に応じてくださる方々の「つながる意識」に「私が」救われました。

募金とは、必ずしも現地の人を救うだけのものではないのかも。
事実、何も出来ない私自身を慰めてくれるものでもありました。

職場は現在被災家族の受け入れも行っております。遠く大阪まで逃げてこられた方の気持ちを推察いたします。
また、今後も受け入れ要請には応じたいと考えております。

これは自らへの問いかけですが、いったい私は何をしてあげられるのでしょう。
おそらくこれから手探りのフォローがはじまります。

阪神淡路大震災の時も同じだったなと思います。何もできませんでした。現地入りすら。
しかし、後方で出来ることがあるはず。それをたずねたいと思います。

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正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気づいているほうがいい
〜吉野 弘〜

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