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人間は 耳が二つに口一つ 多く聞いて すこし言うため

2011年5月の言葉
2011年5月のことば

2011年5月のことば

5月掲示板、更新しました。
ちょっといろいろありまして、それに思うところありまして、そこに震災、御遠忌…どうにも自分の気持ちが整理出来ずに沈んでました。

まあ、人間なんでそういうこともあります。ご心配くださった皆さんありがとうございました。

ちょっと元気になってきたので、またぞろブログ更新します。

…今月は耳に痛い一言です。

両耳があるのは両目があるのと同じ理由です。
立体的に捉えるためです。そりゃわかってます。

でもこの法語に惹かれました。

「仏法の目」やなーと、思うのです。
顔のパーツまでそう解釈するかーと、感心しきりです。


話題が変わりますが、
就職して世の中で働くようになって十数年、人間のいろんな「病気」を見てきました。

今のところ2つあります。
1:俺が一番エラい病
そして
2:俺こんだけ頑張ってるんやで病
です。
他にもあったら教えて下さい(笑)。3つあると説得力持つんですが。1つ足りない(笑)。

1は特によく見かけます。実力も無い上にさして努力もしてないのに、自分が世界の中心と思う人。
昔そういや「他人を見下す若者たち」って本がありました。その中に出てくる言葉で「仮想的有能感」。すごい言葉ですよね。つまり「ホントじゃないけど凄いぞ俺」と思っているということで。まさにビョーキです。
阪神淡路大震災でも居られましたが、今回もいっぱい「専門家」さんがテレビに出てきましたね。たぶん平素はちゃんと研究されてる方々なんでしょうけど。ただ気になるのはああいう方々の意見をあんまりたくさん聞くと、なんか自分も研究してる気分になるんですよね。ウソなのに。そうしてまたぞろ「仮想的」「有能感」で他人を卑下するんです。タチが悪いですよね。俺が一番何でも知ってるんや。俺が一番エラいんやという病気。

2も結構多いです。互いに会話していても一方的に話す人。自分の思いは素晴らしいからアピールしたいんですが、他人の意見は聞いちゃいないという人。周りの人間がそこに存在しているのは俺様にインタビューしてくれているんだ位に感じている人です。もしくは責任が自分に来るのが恐ろしくて仕方ないから必死で自分の努力を他人にアピールする人。これもコッチに分類できるかな。
この病気もタチが悪いのは自分がわからない意見に腹が立つんですね。もしくは聞きたくないという。1に通じるんでしょうけど、自分が知らないこと、理解出来ないことには耳を閉ざすのです。そして自分の意見だけをその場で語り尽くす。


…これ、実はまさに「わたしたちの姿」なんです。醜いですね。

こうしてわれわれは生きています。他を見下し、自分を持ち上げ。大なり小なり。
上記の本の中では「若者たち」をそのように評してたようですが、全人類的病気かと思います。

一番アブナイのが「そうそう、そんなやつおる」と他人事にするアナタ。
具体的に「そういう奴」の顔が頭に浮かぶアナタ、アナタ重症ですから。あ、私か(笑)。

真(まこと)の仏教はその醜さを止めろと言いません。
ただ無自覚に生きるより、自覚して生きろと教えてくれるのです。有り難いですね。

だから真の教えはすこし耳に痛いのです。多く聞くため。すこし話すため。

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