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まつり

御輿?この形は全国的にも珍しいらしく、町の有形文化財に指定されています。

もう2週間も前のはなしですが…。

眞廣寺近郊のまつりに、『鍋冠(なべかんむり)まつり』というのがあります。
毎年5月3日に行われ、『伊勢物語』に紹介されているという位古いお祭りでもあります。
詳しくはこちら→鍋冠祭保存会ホームページ

日本三奇祭の一つに数えられ…といいますが、奇祭と呼ばれる祭って多いんですね。←リンク先(1999年調査のようです)では検索統計から絞り込むと三奇祭の称号は得られそうにないようです…。

とはいえ、珍しいお祭りであることは間違いないのです。

子どもに鍋かぶらせて歩くんですから。
虐待や!…ご安心を。「紙」でできておりますんで。
鍋をかぶるのは小学生の女の子です。狩衣も色鮮やかに、平安時代を思わせる行列が組まれます。さながら小さな時代祭のようです。

「なんで鍋かぶらせるんか」というのは保存会のホームページ(前述)に掲載されている米原市教育委員会の文章から引用しますと、
…『筑摩神社に伝わる「筑摩大神之紀」によれば「鍋冠りは十五歳未満の少女をもってこれを役とす、若しその中に犯淫の輩在るときは、必ずその鍋落ちて発覚す」とあり、古来より今日に至るまで婦女の貞操を重んじるという説が有名である。
しかし筑摩神社の祭神は、御食津大神・宇迦之魂神・大年神であり、いずれも食物を掌る神々であることや、筑摩の地が平安時代に宮内省内膳司に所属する筑摩御厨という宮中の食物を掌る機関があったことから、神前に作物、魚介類などを供えるとともに、近江鍋と呼ばれた特産の土鍋を贖物としたことが、鍋冠祭りの原初の姿ではないかと考えられている。』
…以上引用。

どこかで昔読んだ記憶がある「滋賀のむかしばなし」には前者の説が載ってたようにも思います。
由来の云々よりもともかく、
これらの行事を地域が残している、残せているということに本当の意義があるのでしょう。

ただし由来が失われるということは、
「なぜそうなのか」ということが失われるということでもあります。
仏事などでよく見かけますが「なぜそうするのかわからないけどそうしている」「昔からそうしていた」という「迷信」のたぐいですね。

意味が失われると、人間は「意味もなく」続けたりします。意味を見失うと、意義も見失われてゆきます。迷信のはじまりです。

大元(大本)をたずねるということ、
また大本(大元)を知るものはそれを後世に伝えるということは、「今」を生きる我々の大切な仕事です。
失われたものは帰ってきませんがね。ゆえに「続ける・伝える」ということは大切なのです。

よく「こんなこと、やめてしまえ」と軽々しく口にする人があります。意味と意義を見失った人の姿ですね。
やめるのは、簡単です。でも一度やめたら二度と復活できません。そこんとこ慎重に。

子どもの頃はこのまつりが楽しみでした。
もちろん、出店がめあてです。
この「楽しみ」が記憶となり、まつりが続いてゆきます。これも伝承ですね。

やがて子どもが大きくなると出店の楽しみも失せ、親戚が集まって一杯呑むようになります。
こういう「あつまり」もまた、記憶となり、記憶に乗って何か大切なものを次の時代につなげてゆくのでしょう。

神事であるが故に、寺は原則まつりに関係ないのですが、まつりの大切さを思いました。

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