ブログ記事

人の世の 小さきはからい 秋の風

2011年9月の言葉

どうも書くたびに更新が遅くなるばかりでありますが、

今月の掲示板、やっと更新しました。

銀杏

銀杏

翫湖堂も月曜日ごろにはなんとか、
発送できるように頑張ります。

先日、少しの間でしたが急に涼しくなりましたね。
おや、今年は秋が早いのかと思いましたが、
この記事を書いている今は、暑さももどりました。

不思議なもので、あれだけ温暖化とか騒がれていても、
秋の彼岸、それも中日の23日頃になれば、
多少の誤差はあれど、しっかり秋の趣を感じるようになります。

人間はいつも自然破壊とか環境保護とかいう言葉で、いかにも万物の霊長という意識に立っておりますが、実際には3月11日に愕然とさせられたように、自然の前にはまったく無力です。

「自然というは、自は、おのずからという。行者のはからいにあらず、しからしむということばなり」とは宗祖のお言葉ですが、この場合「しぜん」とは読まず「じねん」と読みます。
私たちの口にする「しぜん」は私を離れた対象としてのしぜんでありましょうが、「じねん」となればそれは私をも含む森羅万象全てを表します。

そして仏教ではその森羅万象全てが「縁起」、縁によって起こるというのです。まさに「おのずからしからしむ」。そのまま誰の意思にもよらず起こっているのです。誰かが褒美を与えたり罰を与えたりしているものではないというのです。

私たちの営みも、幸せも、不幸もすべて、縁によって起こります。そこに悪意も他意もなく。ただ、起こる。
それを伝えようとしたのが仏教です。

だから手を合わせることで、念ずることで何かが良くなるというのは縁起の法則に反します。
そういう仏教めいたものを見かけることが多いですが、それはすでに仏教ではないと思います。
なぜなら「良くなる」ということがすでに「しからしむ」すがたではないからです。

自然に意思はありません。が、ひとたびその気になれば、自然破壊どころか人類破壊などたやすいことなのかもしれません。
だれが偉そうに「環境保護」なんでしょう。保護されていたのは私たちなのです。

原子力発電所の事故だって、核エネルギーという、太陽などの恒星が持つ自然も自然、宇宙の力なのです。人間の手に負えないものであったことは素直に認めなければいけませんね。それを無自覚に享受した私たちの反省を含めて。
人間は、秋の風を作れません。四季はまさに自ずからしからしむ。

宗祖はこうも続けられます「然というは、しからしむということば、行者のはからいにあらず、如来のちかいにてあるがゆえに」。

さて、われわれはもう少し謙虚になる必要があるようです。

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