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仏法は鉄砲の反対である 高光大船

2011年10月のことば
真宗誌2011年10月号

真宗誌2011年10月号

2011年10月の掲示板、更新しました。
めずらしく月初にちゃんと更新できました!

というのも、
「真宗」誌に、真廣寺掲示板とこのウェブサイトの事が紹介されたからです。
…「真宗」誌はどこまでも業界紙です。市販されてませんから。

でもおかげで周囲から「見たで」とか「頑張ってるんやな」とお褒めのことばをいただいたり、TwitterやFacebookでフォローやご挨拶をいただいたりで、「こらあんまりのんびり更新してられへんな」と奮起することしきりです。

さてこのウェブサイト、当初は掲示板とリンクすることを主眼において作り始めました。
掲示板更新はとても大切ですが、そこには短い言葉しか載せられません。
もちろんそれをご覧になった方が短いメッセージの中から何かを考え、感じとってくださるのが一番よいのですが、少しでも言葉から課題を考えていただくお手伝いができればと思い、少し長めの「味わい(私見)」を付記するようになりました。

しかしこれ、始めて見るとホント難しい。
自分の中でしっかり受け取れる言葉もあれば、 漠然としていて何を課題にしていいのかわからないという言葉もあります。
その背景があったればこそ、という言葉もありますし、ともすると説明すればするほど誤解を生じかねない言葉もあります。

そこでこのウェブサイトを使いたいなと思ったのです。
ここには味わいのさらに味わいといいましょうか、普段の自分の言葉でさらに私見を補填できればと考えています。

当然そこにも限界があります。
人間は言葉で相手に意思をつなげますが、その言葉に限界があるのですね。
見て下さる方の為と思って書き綴り出しましたが、実は自分の勉強になっています。特に「自分なりに短くまとめる」ということについては、いい練習です。

高光大船は「説明は説迷である」ともおっしゃいました。
言葉に限界がある以上、言葉を紡げばつむぐほど迷いが深まるのでしょう。
まして私のような教学の素人が何を偉そうに…と思うこともあります。
あれ?もしかするとものすごい無駄なことをしているのかもしれません。
もしお読みになって迷われたなら、本当に申し訳ありません。

でも続けます。これはなによりほかならぬ自分のためだと思うからです。

仏法と鉄砲、響きは似ているとおもうのですが、向きが違います。
仏法は自分の心を打つし、鉄砲は相手を撃つものです。
ここに共通して喩えられるのは「言葉」だと思います。

言葉によって感動し、言葉によって迷う。
言葉によって救われ、言葉によって傷つける。まさに仏法と鉄砲の関係ですね。

言葉を駆使することで自分の細かな感情を伝えることができますが、
言葉を駆使したつもりが相手との溝を深めてしまうこともあります。
それは、仏法が仏の智慧をよりどころとした言葉であるのに対し、
我と我が身をよりどころにしてしまう人間の言葉は鉄砲にたとえられる方向性をもつからでしょう。

人を感動させたはずの言葉も、使いようによっては相手を傷つけ、断罪する言葉になります。
我が身がいったいどこに立って発言できているのか。
それは常々言葉を使う存在として私たちが考えなければならない問題です。

それは「我が身を通して聞く」ことでしか明らかにならない問題ですね。聴聞です。

さて、明日は真廣寺永代経。多数のご参詣、お聴聞、お待ち申し上げます。合掌。

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