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裏をみせ 表をみせて 散るもみじ 良寛

紅葉ブットンくんとおじさん鸞恩くん
紅葉ブットンくんとおじさん鸞恩くん

紅葉の季節です

今月の言葉、やっと更新しました。もう11月も半ばですね。ごめんなさい。

良寛さんといえば、厳しいお手紙が残っていますね。
「災難に逢、時節には災難に逢がよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。是はこれ災難をのがるゝ妙法にて候。かしこ」

1828(文政11)年11月12日、現在の三条市を中心にM7規模の地震が起き、当時で死者1400人あまり、倒壊家屋11,000戸の大惨事が起きたそうです。

当時良寛さん71歳。
この手紙は酒造家の山田杜皐(とこう)氏に宛てた手紙だそうです。
杜皐氏は友人でもあり、親戚でもあったとか。
末の子を地震で失い、深い失意の中であったといいます。

この手紙について古今、達観した境地であるとか、失礼極まりない手紙であるとか、いろいろ意見が分かれるようです。
しかしこの「裏をみせ 表をみせて 散るもみじ」を目にするにつれ、逆にこの手紙の言葉が身にしみてきませんか。
決して達観している手紙でもなく、
相手のことを思わない、無礼な手紙でもないと思うのです。

一緒に悲しんでおられるのでしょう。
目の前の苦しい出来事そのままに。

裏も表も私の人生なのですね。
しかし、どちらが裏でどちらが表やら。

良寛さんの最期は壮絶なものであったと言います。
のちに小説でおだやかな最期が描かれてあるといいます(すみませんまだちゃんと読んでません)が、
そんな最期とは縁遠い苦しみの中、亡くなって逝かれたといいます。

でも味わいにも書かせていただきましたが、
そのすがたで良寛さんの人生はいささかも傷つきません。

むしろ私たちに感動すら与えてくれます。
後世の歌人、吉野秀雄氏はその苦しく長い病床生活の中で
「われもまた 聖に口を合わせいふ 死ぬ時節には死ぬがよく候」と詠まれます。
良寛さんの悲しみに寄り添う姿勢は理屈ではないのだと思います。

宗祖も仰います。
「善信(親鸞聖人)が身には、臨終の善悪をばもうさず、信心決定のひとは、うたがいなければ、正定聚に住することにて候うなり」と。
「臨終の善悪」って裏表をはっきりさせるという見識のことですよね。
私たちがすぐ持ちたがる、探したがる「答え」というやつです。

悲しむ人、苦しむ人にも私たちはすぐに「答え」を渡そうとします。
そうではなく、良寛さんのように寄り添うことが大切なのかも知れませんね。

さて、今月19日より28日まで、いよいよご本山、東本願寺で御正当の報恩講がつとまります。
不思議とこの一週間 で京都は色づくんですよね。

紅葉を見に行く、そんな動機でもいいじゃないですか。
京都でお念仏申しましょう。南無阿弥陀仏。


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