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あいさつ

神様の女房
神様の女房

神様の女房

この間、NHKの「神様の女房」を、遅ればせながらやっと観られました。

『経営の神様』と呼ばれた故・松下幸之助氏の半生を、妻むめのの視点から描いた作品で、さすがジェームズ三木。無駄のない関西弁がなかなか心地よかったです。

ときどき気持ち悪い関西弁の言い回しを聞くとそれだけでチャンネルをかえたくなりますからね。

もちろんゆっくり観てるわけにもいかない年末だったので、いろいろしながらの流し見状態でしたが、
その中で一つだけ印象に残った言葉が。

それは常盤貴子演じる、むめのが職員(といっても子ども)相手に研修を行ったときのこと。

『 一番大事なのは、何というてもあいさつです。
  あいさつは何のためにするかわかりますか? 』

『あいさつは、敵か味方を見分ける儀式だと思うてください。
 あいさつせなんだら、敵と見なされても仕方おまへん』

『大昔やったらその場で殺されてます。あいさつの本当の意味は、私は敵ではおまへん。あんたはんを襲いません、という合図や 』

たしかこんな具合のセリフだったかと(テキトーですw)。

しかしこの表現、これは強烈やったな〜。
あいさつは「敵味方を見分ける合図」か。
ふーむ、なるほど。

確かにあいさつできない人というのは、
言葉は悪いけれど、
何の理由もなしに周囲に敵意むき出しの人、
または、自分に自信がないのを、無理して虚勢張ってる人がほとんどかと思います。
つまりあいさつできないことで自分の弱点をさらけだしている…。

あいさつできない意識は「周囲を切り捨てる意識」だと思います。

そして「切り捨てる意識」の背景には、
「自ら切り捨てられることへ恐怖感」があるように思います。
華厳経にいうところの「五怖畏(サイト内参照)」ですね。

「現代人は自分の対面を保つためにいとも簡単に他人の能力を軽視」する。とは速見敏彦著「他人を見下す若者たち」の中にでてくる言葉ですが、この本の中に「仮想的有能感」というものが指摘されてあります。
事実はそうでないのに仮想的に自分が有能であるとし、 他人を見下すわけです。あーどこかそういうとこあるなぁ。とは思いませんか?

対面を保つと言うことは切り捨てられないための予防線なのでしょうか。
あいさつができない人が増えているのも、そういう『切り捨て意識』の一環なのかもしれません。

私も職場研修で「あいさつは何より大切や」と確かに教え込みます。
しかし「何で大切なんですか?」と聞かれたら
「そら、コミュニケーションの基本や」ぐらいしか言えませんでした。

あいさつは、敵か味方かを見分ける儀式。
これは決して敵味方を作れと言っておられるわけではありませんね。
どこまでも意識の中で人を見下し、
敵味方をつくりだしてゆく「私の意識」に対して、
頭をさげよ、と教えられているのだと思いました。
 

 

ぐだぐだ書きましたが…

みんなせめて、

あいさつちゃんとせなあかんね!

さしあたり、「あけましておめでとう!」
大きな声でいいましょうね。お互い。

録画しといたらよかったなぁ。


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