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苦悩を標準装備する者、それを人間という 酒井義一

2012年3月のことば

今月の言葉、更新しました。

今月の言葉は、酒井義一先生が
教師修練でおはなしされた講義録の中からいただきました。

あの3月11日が廻ってきましたね。
皆さんはどのように迎えられましたか。

私は私の尊敬する師匠のお寺(長浜市・浄願寺)にて、
お話する機会をいただいておりました。

澤面先生、浄願寺のご門徒の皆さま、澤面先生のご家族の皆さま、
本当におせわになりました。
お話のなか、
午後の座には ご門徒の皆さまと双方から提案させていただき、
黙禱を1分間、させていただきました。
黙禱が真宗的かどうかはわかりませんが、
心がすこし晴れました。

実はここのお寺には、昨年の3月13日(震災から2日後)にもご縁をいただいておりました。
それだけに今回、震災の1周忌当日にご縁をいただくことは偶然とはいえ、偶然とは思えず、まさに自分に何かが問われている、そんな気がして何も手につかず、かといって何かができるわけでもない、そんな現実逃避の日々を漫然と過ごしておりました。

そんな中、酒井義一先生の講義録にFacebookから辿って出遇いました。

涙が出ました。

かつて1月17日を間近で経験した私はしかし、
1月17日に対して鈍感になってしまっています。

「日にちぐすり」という言葉があります。
日が過ぎることで人の悲しみや苦しみは少しずつ薄れてゆくというのです。
しかしこれは残念ながら薬のように癒えるのではありません。
こころの傷はいつまでも残ります。
日々の生活の中で忘れていても、折にふれてそれが痛み出すものです。

私自身はふたつの震災の当事者ではありません。
むしろ傍観者です。でも傍観するものにも苦しみはあります。
傍観者であるがゆえの苦しみです。

どうあがいても苦悩は私たちの標準装備なのですね。
ならばこの苦悩をいただいて生きるにはどうすればいいのか。
たぶん私がする仕事ではないように思います。


自分を自分で改善することを「自力」といい、
自分の限界を知らされ、ありのままを日暮らしの中、自分の背丈でひきうけて、
生きることを「他力」というのではないでしょうか。

自分を改善させようとする宗教のあまりに多いこと。
お念仏はそういうことをすすめてはおりません。

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〜吉野 弘〜

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