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水を飲んで 楽しむ者あり 錦を着て 憂うる者あり

2013年4月のことば
シエスタっていいですよね。

シエスタっていいですよね。

2013年4月の掲示板、更新しました。

なかなか厳しい言葉です。

 ・
平素、錦は着ておりませんが、水を飲んで楽しむ気持ちにはなれません。水ですら安心して飲めない方もいらっしゃるというのに。あわよくば錦もほしいな、なんて。そんな私です。

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でも新聞やテレビも似たようなもんでして、連日のように、震災や原発の被害者に手をさしのべて、ともに助け合って、とかいいながら(それすら忘れた報道機関もあるようですが)、同じニュースの最後には、毎日の株価をとりあげたりアベノミクスとか言ってみたりして一喜一憂。大騒ぎしているんですよね。人間の意識の共有とか、共感って経済の前に無力なんですかね。そんなに経済ってえらいもんなんですかね。でもお金はほしいですよね。正直なところです。

  ・

あじわいには書けなかったのですが、 こういう言葉を思い出しました。 「人間は、信心に立たなければ、結局は権力か金に立つ以外ないのです。」訓覇信雄先生の言葉です。

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わかりやすくいうならば、平素の気持ちはしょうがないんですよ我々。人間というのがそういう仕組みだから。でもそんならそれで「ああそうさ」と、開きなおるんじゃなくて、我々の実像を常に厳しく暴き出してくださる「仏法をちゃんと」いただきましょう、ということなんです。

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どんなに経済的に優れていても、仏法が身についてなかったら裸といっしょなんです。
だって外国で「無宗教だ」って恥ずかしげもなく真顔で言えるの日本人ぐらいですし、
彼らはそういう日本人をアホと思ってますからねw

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大変使い古されたコピペで恐縮ですが、昔、面白かったのでメモしておいたのが出てきました。

メキシコの田舎町。海岸に小さなボートが停泊していた。

メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。その魚はなんとも生きがいい。

それを見たアメリカ人旅行者は、 「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」

と尋ねた。 すると漁師は 「そんなに長い時間じゃないよ」 と答えた。

旅行者が 「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」 と言うと、

漁師は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。

「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」 と旅行者が聞くと、

漁師は、 「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、女房とシエスタして。 夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって…ああ、これでもう一日終わりだね」

すると旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。

「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、きみにアドバイスしよう。いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。 それであまった魚は売る。 お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。やがて大漁船団ができるまでね。 そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。 その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキソコシティに引っ越し、ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。 きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」

漁師は尋ねた。 「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」

「二〇年、いやおそらく二五年でそこまでいくね」

「それからどうなるの」

「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」 と旅行者はにんまりと笑い、

「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」

「それで?」

そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、日が高くなるまでゆっくり寝て、 日中は釣りをしたり、 子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、 歌をうたって過ごすんだ。 どうだい。すばらしいだろう」

いかがです?なんか経済ってそういうよくわからんところでふんばって、がんばって。
という印象が否めません。

 ・

もっと足もとに大事なモンあるでしょうに。と、そんな気持ちがするんです。
結局「幸せを!」なんて求めていながら良く見てみると最初の状態を求めていた。だけのような。
つまり「錦を着ても喜んでいない」ってだれのことでもない私たち人間のことなんですね。

  ・

 

これはあじわいに書きましたが「身の丈世代」ってあるんですね。
自分の身の丈にあって喜ぶことができる「最近の若者」ですね。すごいな。
「最近の若者は」なんて言えなくなっちゃいますよ。そのうち。

  ・

日本はようやく、戦後復興、高度経済成長、バブル崩壊という大きな狂騒を経て、
ようやく目を覚まそうとしていると思うんです。
アベノミクスなどと浮かれている場合ではありません。

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ところで昔、中学の授業で「株」の勉強をしましてね。
いやぁ、才能ってないもんですね。夏休みの宿題だったんですが、
夏休み終わる頃までに大損こいてまして、
もうなんだかめんどくさくなって提出しませんでした(爆)。
こりゃもう、ギャンブルでしょう。と。
そりゃ、真面目に学問されてる人には失礼な話です。すんません。

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まあ結局今日の話は、
私には偉そうに経済を語る資格もつもりもないということが
はっきりしたということです。あれ?

ともかくも、4月になりました。
ぼちぼちとまいります。今年度も宜しくお願いいたします。


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