ブログ記事

あなたでなければ できない仕事があるのです

2013年5月の言葉
おしごとおしごと。

昨年末の家族総出のもちつきにて。お手伝いになっていたのかどうかは…?それでも「あなたでなければ できない仕事」がありましたね。

2013年5月の掲示板、ようやく更新しました。


お陰様をもちまして、職場(大阪・難波別院)の御遠忌が円成しました。大阪教区との共催ということで数多くの方と関わりを持たせていただき、自ら学ぶところ本当に大きなものがありました。深く感謝いたしております。

さて円成といいつつも、その間の自分の姿勢を省みれば、忙しさのあまり、思いどおりにならないことに苛立ってみたり、また八つ当たりに近いようなこともあったり…本当に反省することだらけです。また早とちりで大きなミスを犯したこともありました(結局迷惑をかけたご本人に助けていただきましたが)。

そんな風にして迎えた最終日。
今回の目玉とも云うべき「御堂筋パレード(詳細後述★)」の”開始宣言”をさせて戴いたわけですが、おもわず目頭が厚くなってしまいました。…ちょっとお恥ずかしい。

でもね、インカムを通して色んな声が飛び交うわけです。
いつもきびきび先頭を走ってくれた人、ちょっと鈍くさかった人、ホント云うこと聞かない勝手な人…。
それぞれの関わりはそれぞれでしたが、その人たちの声が全員、その瞬間は一つの目標に動いていたんです。このパレードを成功させるぞ!と、一丸となって…。
かつて学生の時、規模も目的も違いますが、皆でいろいろ協力したこと、そんなこともぐるぐると思い出されて、おもわず思ったのが「人の力が合わさるって、それだけでなんて素晴らしいことなんだ」と感動してしまった次第です。

2013年5月の言葉

013年5月の言葉

世の中にはいろんな人がいます。
自分とは意見の合わない人、そもそも価値観の違う人、逆にとても気の合う人…。
しかしそれは所詮「自分」という色メガネでもって分類しただけのことなんですね。「その人にはその人にしかできないその時の役割がある」んです。だれにでも。
自分や相手が坐するポジションには必然や偶然もあるでしょう。代わりの人だっていくらでも居るかもしれない。

でもその役割は、その人でなければなし得なかった…。

日頃頭でわかりきってるような使い古された言い回しのようですが、今回初めて”肌”で感じました。今までも幾度かありましたが、今回また、あらためて肌で感じることができました。これは私にとって、大きな出遇いでした。

読んでくださる方にとっては、どうでもいいようなことかもしれません。
ただ私にとって”共感”できる言葉でした。それはこれからの自分へ言い聞かせる言葉としても。
だから今月の言葉にはこのように書きたかったのです。

最後まで読んで下さり有り難うございました。


★【追記】★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「御堂筋パレード」について。
そもそも御堂筋とは津村別院(北御堂)と、難波別院(南御堂)を結ぶ南北数キロメートルの短く細い参道でした。その細く短い参道を、先達(「関一(せき・はじめ)」市長の時代)が大正末期から昭和にかけて拡幅し、地下鉄を通して、現在のメインストリートとしてくださったわけです。
それまでの大阪は大坂城を中心に開けていました。当時から南北の道を「筋」といい、東西の道を「通り」と云いましたが、昔のメインストリートは「通り」でした。なぜなら大阪港から大坂城の大手門に通じる道として通りは何れも重要な役割を果たしたわけであり、また冷房のない当時、夏場は海風が吹き抜けるなど、生活面でも何かと効率がよかったからです。
狭いといっても、御堂筋は古くから大坂(明治以前はこう書きました)の町の中心でした。
御堂の甍(いらか・瓦のこと)の見えるところで商売がしたい、と商人がつどい、落語で有名な「船場」の町ができたのは御堂筋と両御堂を中心にしてのことです。特に南御堂の前は「いとへん」、つまり繊維業が盛んで、近江商人によって作られた町といっても過言ではありません。

戦後焦土となった大阪の復興も、御堂筋が中心となりました。
昭和40年〜昭和57年には「御堂まつり」という、津村・難波の両御堂が協力して実施した行事がありました。この御堂まつり、年々規模が大きくなり、一時は伊藤忠・伊藤万・丸紅・また松下電器など(…もちろん松下幸之助さんです…)が委員となって開催され、沿道を3万人規模の人で埋め尽くされていたと云います。

それもやがて、ふくれあがった経費の問題などで発展解消。
そうして生まれたのがかの有名な「御堂筋パレード」だったのです。

従って今回の法要では最終日の「結願日中」のお勤めの前に伝統的な庭儀参堂列に加え、
地盤沈下がささやかれる「御堂筋」において、
是非ともその活性化の象徴として、「御堂筋パレード」を再現したいと努力してきたわけです。

人の手による単なる”イベント”は放っておけばやがてまた沈下します。
いかなるイベントであってもそこに伝統の要素・継承の要素は必須です。
御堂筋の由来を訪ねたとき、その伝統を無視して大坂の再生はありえないのでは…と個人的にも考えます。

なお、この内容は在阪各マスコミにも取り上げられました。
小さな一歩かもしれませんが、大変有意義な試みであったと思います。
多くの「町おこし」の参考になれば、とも願います。

読売新聞の記事→クリック
毎日新聞の記事→クリック
大阪日日新聞の記事→クリック

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