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餓鬼どもが 餓鬼に施す 盂蘭盆会 〜暁烏 敏〜

2013年8月のことば

 

ひまわり

好き勝手な方向に咲く、我が家のひまわりw

先般、やっとこさ、8月の掲示板、更新しました。
もう8月も半ば過ぎですよ。遅くなりました。スミマセン…。
その分タイムリーな言葉になったかなと勝手に思っています。
「餓鬼どもが 餓鬼に施す 盂蘭盆会」どきっとしませんか。

念仏総長といわれた暁烏 敏(あけがらす はや)さんの作だそうです。私は「施餓鬼」という言葉自体知らずに育ちましたが、今の時期は施餓鬼が行われているんですね。真宗では行いませんけれど。

さて、話は変わりますが、

「幽霊」ってよく法話の題材になるんですよね。

恨めしそうに前に手をだらんと下げた、髪の毛を後ろにひきずっている姿。そして、足がない。と。

有名なたとえですが…
手を下げているのは結局あれもほしいこれもほしい、未来を求め、今日より明日が素晴らしい、自分は改善できると求め求めている姿。それに疑問を持たない姿だそうです。

そして髪の毛を後ろに引きずっているのは過去をひきずり、過去にこだわり、ああしなければ、こうしておけばとただただ後悔し続けている姿だとか。

つまりは求めもとめてひきずりこだわり…今がない。
よって足がない。
ということでした。
さらにそれは「今」を生きていないので、
そりゃもう、恨み・つらみ・妬み・そねみ…。辛そうな顔をしていると。

結局、決して幽霊とは遠い存在ではなく、
私たち自身がお恥ずかしながら「幽霊そのもの」でありましたね、ということです。


で、話は戻りますが「施餓鬼」です

「餓鬼」に「施す」とあります。
味わいにも書きましたが、
盂蘭盆経というお経で、
目連尊者が母親が餓鬼道に堕ちて苦しんでいるのを見るに見かね、
お釈迦様に相談したら、お坊さんに百味の飲食を施しなさいと言われ、
そのようにしたら母親が救われたというお話に基づきます。


ただ、それでいいんでしょうか。
私たちは常にお釈迦様とか目連尊者の側に立って物事を見ます。
自分があたかも救う側であるように。

が、しかし、

実際の処はお母さんこそが私たちの姿じゃないでしょうか。


これは私の妄想ですが、お母さんは一人で目連尊者を育てられました。
シングルマザーは何かと大変ですが、昔はもっと大変だったことででしょう。
我が子を育てるために、よかれと思いつつも色んな選択を余儀なくされたことでしょう。
時には他者をあざむくような事もあったかもしれません。

それでも罪は罪です。


餓鬼道とは目連尊者のお母さんのみならず、
私たち自身が今、まさに”幽霊的存在”として、
罪悪深重でしかない我が生き方に、
無自覚であることではないでしょうか。

「餓鬼どもが 餓鬼に施す 盂蘭盆会」
ああなるほど、と思った次第です。


そうそう余談ですが、
ちなみに「夏」って4月15日〜7月15日なんですって。
4月を結夏(けつげ)、7月を解夏(げげ)といいまして、
インドではこの時期が雨期だとか(なおこの夏の間のことを「夏中(げちゅう)」といいます。
この間、お坊さんは雨が降って托鉢に行けないからお寺に籠もって勉強をします。
これを「安居(あんご)」というそうです。
安居が開ける時ににはお坊さんに食事を振る舞うということがあったらしく、
これが盂蘭盆経の元ネタであるかもしれません。
同時に、関東の7月盆ってのもここから来てるのかも…ですね。


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