ブログ記事

自分が大切である だから 他の人を大切にする〜仲野良俊〜

2015年2月のことば
伊吹山写真・夕景

今日も伊吹山はキレイです。

今月の掲示板、ようやく更新です。
今年は雪がよく降りますね。
その割に米原はさほど積もりません。

さて、今月選んだ言葉は
「自分が大切である だから他の人を大切にする」です。
最初、「自分が大切」という言葉にひっかかりました。
自分が大切ってなんか利己的だなぁと。

でも素直に考えてみれば、
誰もが自分が大切なんですよね。

自分を一番に生きていますものね。利己的です。

心に余裕があるときは他人を優先できても、
どこか疲れているときは自分を優先してしまいますから。

ではその自分というのは、
さて、どこからどこまでが自分なのでしょう。

何を言ってるんだ、
自分ってのはまごう事なき「この私自身のことだ」。
と言われると思います。

でも昔、大学のとき、
「自分の名前を使わずに自己紹介してみろ」
と言われたことがありましてね。

よかったら、やってみてください。

名前を使ってはいけないんです。

難しいですよ。

事実、大変苦心サンタンしたのを覚えています。

名前を使わないと、初対面の人にいったい何を語るかといえば、
その人との接点を探るのです。
まずは自分が住んでいるところからはじまって、出身地、兄弟や両親のこと。
またはその人と共通の話題や、友達や、趣味の話…。

必死で自己紹介してるつもりなんですが、
最後に言われました。

「きみ、さっきから喋っているのは自分以外のモンばっかりやぞ」と。

あれれ?

つまり、名前を取り上げられると、
簡単に私たちは「自分」を見失ってしまうのです。

これほどしっかりした自分を日々感じていながら。
西洋哲学じゃ「我思う故に我有り」なんていいますけど、
その我ってすごく曖昧で適当で、概念的なんです。

ということは、

「私」とは「私だけで成立しているわけではない」ということです。
自分の思いで自分の考えで、
何かをなし得ているなんて考えるだけでおこがましいです。

私たちは相対的な生き物なのです。絶対的な生き物じゃない。

たとえば
先生は生徒がいるから先生なのであって、
社長になった人は、社員がいるから、社長なのであって、
母親は子どもがいるから母親なのであって…
またその逆もそうなのであって。

私は父親から見れば息子で、
子どもからみれば父親。
妻から見れば夫で、
職場に行けば、上司であり、部下。

「私」は相対的に姿を変えます。
それこそ誰かとつながっている証なのです。

 

だから巡り巡って、自分をもし、大切にしてほしいならば、
自分で自分を大切にしている程度では、
全然間に合わないのです。

今着ているモノも、見るモノも、触れるモノもすべて、
なにがしかの対価を払って手に入れたものばかり。

だから、他人を大切にする。

(だから、ってのも、またあまりよい表現とはおもえませんが、
自分を大切にしたい、という個人の願いが前提ならば、
そう表現するのもアリなのかなと。)

ということです。ではまた。

【→今月の掲示板、ちょっとまじめに味わいバージョンはこちら】


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