和讃に聞く第7回・仏光照曜最第一
廃車のスクラップ置き場

人間はどれほどのモノとヒトとイキモノを踏みつけにして生きてきたことでしょう。今更やめられもしないのですが、せめてその罪と闇を感じていたいものです。

今回は、浄土和讃の6です。

  仏光照曜最第一
    光炎王仏となづけたり
    三塗の黒闇ひらくなり
    大応供を帰命せよ

■「人間の闇」
「今回の和讃は、平素のおつとめで一区切りとなる箇所ですね。

これまで仏様の智慧の光は、人間の知恵(知識)を超えすぐれており、十二の光として表されると紹介してまいりました。今回はその五番目の名前、炎王光が読み込まれています。

仏の光は光の中の光、太陽もおよばぬ「最第一」の輝きであるといいます。それは私たちの想像(思議)の範囲をはるかに超え(不思議)、何ものにもさえぎられることなく、私たちの心の闇をも明るく照らす光なのです。

ところで、「私の心に闇などない、これまで堂々と生きてきた」という方が時々おられます。よほどご自身の人生に責任と自覚を持って生きて来られたのでしょう。私の様な怠け者は感服するしかないのですが、ここで一つの質問をしたいと思います。

「あなたは人を殺したことがありますか?」と。

大抵の人は「殺したことがない」と答えるでしょう。人を殺せば犯罪です。そんな大それた罪を犯すはずがない。まして前述のような、自分の心に闇がないと仰る方は「とんでもない」という顔をされます。

しかし、仏法には身口意の三業という言葉があります。もういちど、今度は胸に手を当てて考えてみて下さい。たとえ自ら手を下して人を殺したことはないとしても、口で死んでしまえと罵ったことはありませんか?または意識の底であんな人、死んでしまえばいいのにと思ったことはありませんか?…さらに申せば、おそろしい犯罪者が逮捕されたとして「死刑になればよいのに」と望んだりはしませんでしたか。おそらく誰もが胸に手を当てて考えれば思いあたることがひとつやふたつ、あるのではないでしょうか。

それでも「ない」と言い切れる方を「最も闇の深い方」と言わざるをえません。仏法は、直接人を殺すこと(身)だけを罪としていません。口に出し、思う(意)だけでも「同罪」なのです。かくいう私も凶悪犯罪を目の前にして「死刑になればよい」と一度や二度ならず思ったことがあります。私はつまり、仏教の上では人殺しであると言わざるを得ません。仏教は一見優しいようですが、人間の甘えた心にはとても厳しい眼差しを向けます。厳しいようですが、死んでしまえば良いと内心で一度でも思った方は、たとえその手を汚していなくとも、殺人者と同罪となるのです。

私たちはそういった三悪道、すなわち地獄(孤独)・餓鬼(むさぼり)・畜生(隷属)という三塗の黒闇を生きておりますが、多くはその自覚すらありません。むしろ胸をはり「私は一度も間違ったことをしていない」と思い込むお恥ずかしい存在です。その「お恥ずかしい」を開いて下さるのが仏の智慧、仏の光なのです。

仏の智慧は人の言葉に託されて、お経となり、時代と空間を超え、現代の私たちに届いています。その言葉は光なのです。浄土真宗は「光に遇って闇を知る宗教だ」と教えて頂いたことがあります。

もしも今示した身口意の三業にはっと思いあたることがあれば、それが仏の光に照らされた瞬間であると言えます。

人類で最初に如来の本願に遇われ、本願を示してくだされたお釈迦様。そのお釈迦様が究極的に示して下さったのが、「ひと声でも念仏申せば、救いとらずにおかない」と誓われた阿弥陀如来の智慧の世界です。阿弥陀如来は十の名前を持つといい、その一つを「応供」といいます。ひとびとの尊敬を受けるに値する、ということです。人間のことではありません。人間にはそこまでの器量がないからです。阿弥陀如来の智慧に出遇うには、仏法の教えを説く言葉に出遇い、言葉に照らされ、我が身の闇に気付き、まことの人、「真人(応供)」の姿に目覚めねばなりません。その声なき声に応える姿が「南無阿弥陀仏」なのです。阿弥陀様はそれを私たちに願っておられるのです。

(第7回終わり)

この文章は、眞廣寺寺報の「翫湖堂だより」に連載したものを必要に応じて一部加筆したものです。

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