2026年3月掲示板、更新しました - The bulletin board has been updated.-(2026年3月3日)
2026年2月掲示板、更新しました(2026年2月1日)
年末年始にかけて公開していました未公開分の原稿を全て公開しました(2026年1月25日)
英語版Pageを追加してゆきます(Expanding our English content. Stay tuned!)(2026年1月12日)
2026年もお年賀を賜りありがとうございました(2026年1月5日)
2026年1月掲示板、更新しました(2026年1月1日)
しんこうじだより(旧翫湖堂だより)のバックナンバーを更新しました(2025年12月27日)
本願寺第8代・蓮如上人の語録『蓮如上人御一代記聞書』に出てくる言葉です。意訳すれば、【人は調子に乗るとどこまでものぼせ上がり、落としどころを知らぬ】という意味です。
司馬遼太郎さんの随筆に「悪童たちと凡夫」という印象的な話があります。浄土真宗の篤信の家に育った彼は、小学校の時、お姉さんと「法然上人と親鸞聖人のどちらが偉いか」で喧嘩をしたこともあったそうです。
あるとき、中学校の授業で「凡夫」という言葉の意味を先生に聞かれます。司馬さんは教科書どおり、「つまらぬ人」と答えました。先生は「そう、そのとおりや」と言いますが、続けて、「ところで、凡夫とはだれのことや」と尋ねられました。
さて、困りました。「この中に凡夫がいる」「誰のことやろ」と。「ひょっとすると不良化したKのことか」などと想像をめぐらし、また他人を「つまらぬ人」と決めつける気まずさもあって答えられませんでした。
しかし、先生は「おどろくべき正解」を仰います。「凡夫とは、つまりわれわれのことやな」「先生も?」「そう、凡夫や」。先生はこうも続けます。「ところで、日本歴史上の人物の中で、誰が最初に凡夫であると悟られたか」「その人が、日本の歴史の中で、もっとも偉大な発見をした人や」と。
「それは、法然上人と親鸞聖人や」
中学生には難しい課題でしたが、先生もそのことを承知しておられました。「大人になった時、もう一度今のことを思い出して、考え直してごらん。(略)もし大人になってわからなんだら、その人間は一生不幸な人や」と締めくくられたそうです。
凡夫とは他人のことではありません。自分を正しいと思い込み、限界を忘れ、あがり続ける他ならぬ「私」のことです。自分を凡夫と知ることは自己否定ではなく、人間の根本的傲慢を引き受ける姿なのです。
人間の美しさに「努力」があります。しかしそれが自分を頼りきる思いにすり替わるとき、人間は限界を忘れます。あがり続けているつもりで、落ちていることに気づかぬまま、なお自分を頼り続けるのも人間です。
凡夫であることを忘れ、私を超えたはたらきからのよび声「南無阿弥陀仏」を見失うと、本当に「つまらぬ人生」となってしまいます。
修正会・元旦(しゅしょうえ)…1月1日除夜の鐘終了後
修正会2日目(しゅしょうえ)…1月2日 午前8時より
春季永代経 … 3月15日(日)午前午後(9:30〜/14:00〜)
他所経常費集金 … 7月12日(日)住職と役員でお邪魔します
境内葉刈作業 … 7月26日 (日)
秋季永代経 … 10月11日(日)午前午後(9:30〜/14:00〜)
報恩講 … 12月4日(金)〜12月6日(日)
4日夜 → 子ども報恩講
5日夕 → 御傳鈔拝読(法話後)
6日午後 → 門徒総会
除夜の鐘…12月31日 (木)午後11時より(引続き修正会)
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