■■■真廣寺のできごと・おしらせ

真廣寺で日々起こった出来事などを紹介します。
また、このサイトの更新状況などもここでお知らせいたします。
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できごと・おしらせ・つれづれ… - 最新エントリ

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おしらせ ■2010年1月掲示板更新■■ 2010/01/02 9:00 am

 
新年あけましておめでとうございます。

1月掲示板、更新しました。

本物の掲示板は12月31日夕方に更新していましたが、
かなりの雪で、ちょっと汚れてしまいました

明けて正月は一面の銀世界

雪降る中、
修正会(しゅうしょうえ)のお勤めに
ようこそご参詣くださいました。
お勤め後は例年のとおりお屠蘇を振る舞いました。

お勤めにご参詣は無理であった方も、
ご記帳くださりまことにご大儀さまでありました。

真廣寺の修正会は2日で終わりますが、
正しくは7日まで続きます。

これは年の初めに自らの方向を修正する、という
意味があります。

修正しないと人間はどんどんずれていきますからね。
聖徳太子が十七条の憲法で、
「それ三宝に帰(よ)りたてまつらずば、
何によりてか枉(まが)れるを直(ただ)さん」
と仰ったことが響きます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。
 

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おしらせ ■■ おおたか静流さんと黒田京子さんと(報告) ■■■ 2009/12/26 9:44 am

 
先日、ルッチプラザでの聲明と歌とジャズの夕べ
「聲のセレナーデ」、
無事に終了いたしました。

ホールはほぼいっぱいでしたね。
多数のご来場、ありがとうございました。
(舞台からは照明のせいで見えにくかったのですが

おおたかさん、黒田さん、さすがです。
プロというのはこういうお仕事をされるのかと、
肌で実感しました。

幸い当方(聲明方)の音がずれ、ご迷惑をかける…
ということはなかったのですが(秘密兵器のおかげで)、

こちらのテンポに絶妙に絡んでこられるところや、
リハーサルでは出されなかったもの凄い迫力のピアノ、
そしておおたかさんの繊細かつ芯の通った歌声。
「でんでらりゅうば」や「ぴっとんへべへべ」とは全然違う
「音圧」を感じました。
いやー修行せんといかん…ありがとうございました。

そして北は北海道から南は九州まで、
まさに「電話一本」で駆けつけてくれた仲間に感謝です。
名前が「坊Sound's」ってのはご愛嬌です。許してください。
久々に会ったから、大はしゃぎでしたねぇ。
それも楽しかったです。

最後に今回の企画を立ち上げたばかりでなく、
チケットの売りさばきに人脈の広さを見せてくださった、
前山東町長さん・スタッフの皆さんには最も感謝です。




それからこれは余談ですが…

ルッチプラザはその存在自体が
否定的に見られているようですね。

出演してみて思いました。

それはホールのことを何も知らない素人が
言ってるだけなんだと。

特にこの12月からは御堂会館関係の仕事もしてますから、
よりいっそう思います。
うらやましい。本当にうらやましい設備です。
地方都市に勿体無いぐらい、先見性をもって設計されています。
この施設を未だ充分に生かせていない
一人の米原市民として、単に否定するのではなく、
もっと活用する視点を持つべきだと感じました。

 

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おしらせ ■12月掲示板更新■■ 2009/12/16 10:30 am

 
12月掲示板、更新しました。

報恩講も無事円成しました。
たくさんのご参詣、まことにご大儀様でございました。
また、遅ればせながら翫湖堂報告号もぼちぼち完成します。
よろしくお願いいたします。

今回の報恩講でしみじみ思いましたのは、
人のつながりです。
思えば平原講師とは大学時代、
音楽に明け暮れて一緒に遊んだ仲でした。
またゼミでも机を並べていろいろ話を
(といっても私はゼミの落第生でしたが…)
させてもらった記憶があります。

まさか、その彼が大学の先生となって
ウチの報恩講で話をしてくれるようになるとは
思ってもいませんでした。

 今年で3年目の講師をお願いし、
一緒に食事をしているとき、ふとそんなことから
「時が経つ」とはこういうことなのかなと、
感じたことでした。

まだうまく言葉になりませんが、
時間と共に人は変わり、
関係もかわり、
そして見ること感じることすべてが新しい。
そんなことを感じました。



さて、年の瀬です。
いろいろ遣り残したこともありましょうが、
まもなく一年が終わります。

すでに報恩講という一大行事を終えた私たちには、
良くも悪くもなく、
現実を受けとめ、
心静かに年を越したいものですね。
 
一年間おせわになりました。来年もよろしくお願いいたします。

合 掌
 

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おしらせ ■■プロの歌唱とジャズピアノと聲明の夕べ■■■ 2009/11/24 10:00 am

 

大変恐縮ですが、このたびプロの音楽家さんと共演することになりましたのでご案内いたします。

プロの方はお2人です。
■おおたか静流(おおたか しずる)さん
声楽家さんです…っていうと、大層ですが、
たいへん音楽に柔軟に取り組み、活躍されておられる方です。
NHK教育テレビ「にほんごであそぼ」に出演されています。
くわしくは、こちら(Wikipediaに飛びます)。
ご本人さんのサイトもあります。こっち(おおたか静流さんのサイトに飛びます)。

■黒田京子(くろだ きょうこ)さん
失礼ながら、私はまだ聴いたことがないのですが、
今回のスタッフから絶賛されておられます。楽しみです。
ご本人さんのサイトがあります。ここです(黒田京子さんのサイトに飛びます)。


…そんでお前は何をするんじゃといいますと、
大谷派聲明(しょうみょう)」をご披露いたす運びとなりました
ひとりじゃありません。7人程度を予定しておりますが、
伽陀や念仏讃を予定しております。
そこに上記のお二人が即興で絡んでこられるというものです。
実は知恩院さんで行われた「響流十方(こうるじっぽう)」という浄土宗声明と現代音楽のコラボレーション企画があるのですが、それをご覧になった方がこの企画を立ち上げられました。おおたかさんはその出演者でもあります。

実はまだ、顔合わせもすんでません…。
どうなることか、ドキドキですが、それが即興のよさかもしれませんね。

打ち合わせはスタッフを介してすでに何度も綿密に行っており、準備も着々と進んでいます。

あまり固く考えていただきたくない、ということと、正式な聲明の場(=法要)ではない、ということで「真宗大谷派坊Sounds」というネーミングで出演いたします
弟も出演いたします(長源寺住職)。
正式ではない、と書きましたが、集まるメンバーは精鋭揃いです。どうぞ、お楽しみに。

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イベント名 聲(こゑ)のセレナーデ
日 時: 2009年12月22日(火)19時開演
                  (18:30開場)
会 場: ルッチプラザ ベルホール310
              (米原市長岡1050-1)
入場料: 前売2000円・当日2500円(全席自由)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

チケットは当寺でも発売いたします。
どうぞお気軽にお問い合わせください。
 

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おしらせ ■■真廣寺報恩講お知らせ■■■ 2009/11/20 10:00 am

  

今年も例年のごとく、報恩講を勤修いたします。
真宗門徒の一年は、報恩講に始まり、報恩講に終わります。
どうぞ、万難を排してお参りください。
ご法話は一昨年、昨年に引き続き、
平原晃宗先生にお話いただきます。

初日は住職と若院のみで勤行いたします。
 子ども報恩講を初夜にお勤めいたします。
2日目より平原先生の法座がございます。
 また、組内法中様のご参勤もいただきます。
 初夜には親鸞聖人の御一代記を拝読する、
 「御傳鈔(ごでんしょう)拝読」がございます。
 どうぞご聴聞ください。
3日目も引き続き平原先生の法座がございます。
 勤行につきましては組内法中様のご参勤をいただきます。
 報恩講後には門徒総会も執り行われます。

以上、どうぞよろしくご参詣ください。
 

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おしらせ ■11月掲示板更新■■■ 2009/11/14 9:32 am

 
11月掲示板、更新しました。

遅れがちでスミマセン。

報恩講シーズンともなると、どうしても頭の中が報恩講だらけになってきます。
そんな中、先日師匠とも仰ぐ先生に指摘されたのが、今月のことば一考にもあります、
「報恩講の報とは『しらされること』なんと違うやろか?」です。

親の恩、師の恩、兄弟の恩、友人の恩、子の恩…
どれをとっても我が身にいただいた恩に『報いる』なんて、私には到底できそうにありません。

「ただただ我が身に受けた恩の深さを報(しら)される」ことで、
「到底報(むく)いきれるものでもないが、
恩に報いたいと思わずにおれない」

という心の方向に転じていただくことが、
報恩講に込められた願いなのではないかと、
師の言葉にハッとさせられたことであります。



そもそも私たちの中にはそういうまことのいのちがあり、
つねに呼びかけられているのでしょう。
私たちはつねに自分の思い描いた「いのち」を生き、
まことのいのちの声に蓋をしているのかもしれません。

訓覇信雄師はそのことを「信号がきている」と押さえられます。「そこにおったらあかん」という信号です。

どこに行ったらいいのか。
それを教えていただくのが「報恩講」です。


どうぞ、「報恩講」を大切にしてください。


子どもの頃からウチのかぶら汁と御香の香りで
「あぁ年末だなぁ」と感じさせていただいてきました。
今年も年番さんにはご苦労をおかけいたしますが、
真廣寺名物のかぶら汁をよろしくお願いいたします。
                     合掌
 

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おしらせ ■10月掲示板更新■■■ 2009/10/08 11:21 pm

 
10月掲示板、更新しました。
 先月末、京都・東本願寺(真宗本廟)の還座式(げんざしき)におまいりしてきました。

還座式とは文字どおり「お還りになる」儀式です。
御影堂(ごえいどう)大屋根修復のために、
一時的に阿弥陀堂へ「動座」されていた宗祖の御影が、
元の場所にお帰りになる儀式です。

小雨がぱらつく中、
実に4000人以上の方がおまいりされていました。
(本当はもっと多かったのかもしれませんが、
境内が雨でがらんとしていたので、少なめの見積もりです
逆に両堂の中は人でいっぱいでした。)

大勢の人の中を宗祖の御影が輿にのって
静かに運ばれてゆくさまは、
雨も相まって大変厳かに感じられたことです。

思えば宗祖の時代…飛行機も車もない時代、
いつでも輿に乗るわけではなかったでしょう。
おそらく毎日歩いて歩いて歩いて…移動されたことだったでしょう。
厳しく晴れた日も、そぼ降る雨の日も、いろんな考え事をしながら…。

奇しくもご縁があってその日は朝から比叡山にも
お参りする機会を得ました。
宗祖が若いころ修行をされた比叡山です。
奥深い山の中も、雨が霧にかわって
幽玄とした佇まいでありました。

ここからも宗祖は歩いて、吉水の法然上人の下へ通われたのです。
一歩一歩ふみしめながら。

歩くということは大切です。
最近は音楽を聴きながら歩いたりできますが、
ここはひとつ、何も使わず、何も考えずに
ひたすら歩いてみてはいかがでしょう。

高 史明氏は自殺志願の少年に、
「大地の声を足の裏で聞け」とおっしゃいまいした。
人間の悩みはいつでも頭で考えます。
そうではない、命は理屈で生きてはいない。そういう意味です。

念仏は、頭でっかちな人間にはいただけません。
そして、頭でっかちな私たちがいます。
しっかり足の裏を踏みしめて毎日を歩んでいかねばなりませんね。
 
10月だというのに暖かい日が続くなあと思ってましたら、大型台風。
これから寒くなります。ご自愛ください。
 

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おしらせ ■■8、9月掲示板更新■■■ 2009/09/10 1:00 pm

 
8月掲示板および9月掲示板を更新しました。

他意はありません。単純に忘れていました。
実際の掲示板および翫湖堂だよりは発刊したのですが、
すっかり忘れておりました。お詫び申し上げます。


さて、高光かちよさんは、高光大船師の義理の娘さん(息子さんの奥さん)です。
(ご主人高光一也さんは念仏者であると同時に芸術院会員でもあるという多才なかたであります)
女性の立場、女性の視点から見たやさしい文章をお書きになるのですが、
さすがは高光大船師の義娘さんです。
時折言葉の端にスパイスが効いています。

今月のことばは高光かちよさんの
「この身にありがとう 人びとにありがとう」
から引用しました。
新刊があまり手に入りにくいため、
全文をここに引用いたします。
ぜひ味わってください。

【我(が)】
『 ものごとはこうあるべきだ、とか、きっとこうなのだろうとか言う時の、その「べき」の考え方は一人ひとり違います。
 ものごとを俯瞰すれば、いろいろな意見や考え方があるのが普通です。問題は、自分の思い=我(が)にとらわれてしまい、我に心を縛られて身動きもならず困っている状態ではないでしょうか。些細なことに我を張ってもよい結果はでません。
 一度、我を横に控えさせて、相手の言い分をすっぽり受け入れてみてはどうでしょうか。そのほうが、心が自由で軽くなるはずだと思います。
 私は人間に生まれたことを幸せに思っています。人間だから、人間ゆえに困り果てるということはあります。でも困ったら、困るのがよいのです。それを困るまいと我を張るから問題なのです。
/end』
 

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おしらせ ■■7月掲示板更新■■■ 2009/07/12 3:19 pm

 
7月掲示板を更新しました。

今月は夏中さんに出講でした。
このために全力を使い果たした、そんな7月です。
朝10時から2座(40分×2)、
昼1時から2座(40分×2)…へとへとになります。

夏中さんとは、
長浜市の初夏を代表する行事ですが、
どんな行事かと聞くと
「夜店がいっぱいでている」とか、
「きものまつりがあって華やか」とか
そういう印象しかかえってきません。

かくいう私も高校生ぐらいまでは、
夏中さんといえば夜店にいって遊ぶ…
ぐらいしか知りませんでした。
(大学生になったら忘れてました…もっとダメだ…)

本来夏中さんに限らず、
真宗においてはこの季節に「夏の御文(げのおふみ)」を拝読する伝統があります。

東本願寺ではその昔、1ヶ月間続けていたともいいます。
難波別院では8月に4日間だけ行います。
ところが、長浜では今でも9日間にもわたって、
夏の御文拝読と、法話が行われているのです。

その参詣客をめあてに、
周辺では夜店やさまざまな行事が行われるのです。
世間的には主客転倒している状態ですね。

そもそもなぜ夏なのか。
これはインドの風習に基づきます。
インドでは日本の梅雨よりも長く雨季が続きます。
その間は托鉢にもいけないので、外出せずに勉強をします。
これを安居(あんご)といいます。
東本願寺では夏と秋に安居を行います。
夏は夏安居(げあんご)、秋は秋安居(しゅうあんご)。

夏中さんはこの夏安居にちなんだ行事なのです。
だから、夏の御文も大切ですが、法話が連日おこなわれることこそ、大切な意味があります。

私が担当した日も、朝から100名近くの方が参詣され、
つたない私の話に終日耳を傾けてくださいました。

ほんとうに有難うございました。
 
しかし、そのために
ホームページの更新どころか、翫湖堂だよりの発刊まで、いつもに増して大幅に遅れてしまいました。
お詫び申し上げます。

でもそれだけ、ゆるがせに出来ない行事でもあったのです。
                         合掌
 

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おしらせ ■■6月掲示板更新■■■ 2009/06/10 12:04 am

 
6月掲示板を更新しました。

一日一日の大切さは頭ではわかっているつもりです。

でもそれを空過させるはたらきもあるわけです。

そして、空過しているときはそれに気付かないのです。


「仏教は転ばぬ先の杖である」と、先人が言いました。


元気に歩いているときは、その大切さに気付かないのです。

それが、人間です。それが、凡夫です。


しかし、転んでからでは遅いのです。


私達はなぜ先人が仏教に学んだのか、

また、なぜ浄土真宗・親鸞が今もなお人気なのかを

単なる歴史ではなく、生き方に学ばなければいけません。


昨今の「人生」は、
消しゴムで消せるような錯覚をしてはいないでしょうか。

一度きりの人生を実感できる場所は、
今、あなたの日常にありますか?

それは普遍的なものですか?
問い直してみませんか?
 

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